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手作りの味噌

麹ムロ
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味噌倉
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茶豆味噌
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技能士バッジ |

野島食品社長
野島謙輔氏 |
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人気シリーズとなった中山美穂が登場するテレビのビールコマーシャルで一躍有名になった十全茄子の漬物。この岸和田の水茄子に勝るとも劣ることの無い漬物を作っている会社こそが野島食品である。うるさい美食家達を黙らせてきた漬物の有名メーカーは、知る人ぞ知る味噌メーカーでもあるのだ。
簡単に沿革を述べると、190年以上前に初代野島半吾兵衛は米麹屋を営んでいた。米麹屋というのは、1升の米を持ち込んでもらった場合、麹1升と等量交換をして生業としていた商売である。1升の米から1.1倍である1升1合の麹が作られる。つまり持ち込まれた米の10%が麹屋の利益というわけである。これでは利幅が少ないと考え麹を利用し味噌作りを創めた。その味噌を使い漬物を作り現在の業態となったわけである。つまり味噌作りの伝統は190年近くも続いているのである。
野島食品の味噌は、近代化という言葉とは全くといってよいほど無縁な方法で、今も昔ながらの伝統を本間氏の職人としての技によって忠実に守り作られている。麹室にある麹槽や麹をねかす「へぎ」、室(ムロ)そのものも昔からの木造り、当然味噌樽も何年前から使われてきたものなのか解らない木製が使われている。管理の楽なホーローやステンレス製のものは全く使われていない。大手企業の量産での促成加工は仕込みから出荷まで1ヶ月で出来るが、野島食品の味噌は本間氏の手塩にかけられ6ヶ月を要する。
近代化されていない分、当然本間氏の職人としての技が品質の決め手となる。原料である米と大豆は地元新潟県産で、しかも厳選された安全で品質の良いものしか使用しない。味の決め手となる米麹は、厳しい温度管理とこまめに蓄積されたデータ、そして今は引退をした先輩老職人の厳しくも愛情のこもった指導によって磨き鍛えられた職人としての感によって作り出される。研鑚止む事の無い安全で美味い味噌は、伝統の手作りであるがゆえに量を作り出すことが出来ない。よって、地元の限られたこだわりの消費者と子供達の健康に配慮された地元三条市内の全ての保育園、小学校、中学校の給食に供給されるのみである。
伝統を只いたずらに護るだけではない。若き経営者である野島社長と本間氏は、日本初の大豆の代わりに茶豆を使った味噌を作った。新聞全国紙の紙上販売のみの宣伝であったが1kg当り3,500円という一般の高級といわれる味噌の8倍以上の高値にもかかわらず、用意した量は即日完売となった。それは日本一の全国紙である当の新聞社にとっても初めての快挙であった。 |
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「会社の未来は」との問いに、「安全で良い製品を作りつづけることです。」と断じて応える野島社長の隣に静かに本間職人が座っていた。 |
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