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曲尺
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戦前より愛用の定盤
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愛用機の説明
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工作機械
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旋盤
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シャーリングマシン
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工作機に大日本の文字(戦前製)
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知る人ぞ知る氏の鑑賞菊
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度器というのは、物の長さを計る器具で、大工の使う曲尺や開発者の使うメジャーのことをさす。三条はこういった計測器製造も得意な場所である。歴史的には墨壷や曲尺に始まり、今も様々な計測器を生み出している。
度量衡の単位はイギリスのヤードポンド法やフランスが起源のメートル法で表わせるように、各国各地で様々である。ご存知のように尺貫法の日本も国際的なメートル条約に加入、採用したが文化的な歴史のある単位は今も使われている。
さて、その単位が印字されている物差。この正確な目盛はどうやって打ったのだろうか。
ここ三条に、そのフロンティアがいる。

今回紹介する方は、職人というよりエンジニアという方が近いのかもしれない。しかし、当地三条の産業発展を語る上で、欠かすことのできないブレイン・エンジニアだろう…。

金子氏は三条で生まれ、商工学校を卒業後、戦時中は東京三鷹で研究者として過ごしていた。東京航空研究所に所属し、研究内容は高速風洞の実験であった。戦後実家に戻り、度器製造の会社で開発を長く受け持っていたという。その後独立し、今に至る。
氏に仕事は何かと問うと「治具、工具の製造だよ…」と答える。
機械工作の際、加工物を導く補助工具を治具というが、なぜ各生産現場でそれぞれ内製するような、専用の治具をわざわざここに頼むのか。
それは、ここでなければできないからであり、それを一つ一つ解決してきたのが氏だからであった。
大工の使う曲尺に表示されている寸法。これに狂いがあってはならないが、かつてはゲージに刻まれたものを一つづつ当てて印字していたためにズレが生じるのは当たり前だった。氏の開発したフィルム製版印字法は、いまやスタンダードである。全く狂いやバラツキ無く表示ができるのは当時画期的であったに違いない。
他にも、生産現場で必ず使用する計測器ノギス、この機械的生産方法の開発。ノコギリの刃は職人が一つ一つ手作業で立てていた、これをミクロン単位で自動研削する機械の開発。一本づつ作っていた彫刻刀を、一度に多量に研磨する自動機械の開発・・・。
当地の産業に欠かせない技術開発がここで行なわれ、氏の開発した機械や方法で当地の産業が力をつけていった。
この工場、いや研究所にはたくさんの工作機械がある。旋盤、ボール盤、ミリングマシン…最新の機械から戦前のものまで。そしてそれらを駆使し、一つ一つが手作業で、新しい商品づくりのための治具、工具が生み出されていく。

失敗も数多くあったそうだ。「できると思ってカンタンに引き受けたら、どうにもならなくてね…」無理を承知で頼まれる仕事も数知れず、結局できなかった事もあったそうだ。「自分で作れないからここに来るんであって、おれには得意というか、やり慣れた仕事だからね…」「なんとかしようと、思うからね…」
 

氏の工場は、駆け込み寺のようなものであり、今日もソリューションを求めて企業の生産担当者が、詣でを繰り返す。 
当地の産業研究所のようなものかもしれない。

氏は76歳の今日も旋盤に向かっている…。